平均寿命の延伸、女性の就業率の増加、副業等の多様な働き方の出現などの社会経済の変化を背景に、年金財政の厳しい状況も踏まえて、現在、公的年金制度の改正に向けた議論がなされています。
今回は、どのような検討がなされているか、その内容の一部をご紹介します。

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適用事業所の範囲の見直し

現状では、強制適用事業所の範囲は、個人事業所の場合には、法定16業種に該当する常時5人以上の従業員を使用するものに限られており、法定16業種以外の非適用業種や従業員数5人未満の個人事業所は、適用事業所となることについて労使合意があった場合を除き、非適用となっています。
非適用業種のうち、法律・会計に係る行政手続等を扱う業種であるいわゆる“士業”については、被用者保険適用に係る事務処理能力が期待でき、全事業所に占める個人事業所の割合が高いことや被用者として働きながら非適用となっている方が多いと見込まれる等から見直しが検討されています。
具体的には、弁護士・司法書士・行政書士・土地家屋調査士・公認会計士・税理士・社会保険労務士・弁理士・公証人・海事代理士を適用業種とすることが検討されています。

標準報酬月額の上限の見直し

厚生年金の標準報酬月額の上限は、全被保険者の標準報酬月額の平均額の概ね2倍となるように設定されており、現状では62万円となっています。
また、この平均額の2倍に相当する額が標準報酬月額の上限を上回り、その状態が継続すると認められる場合には、政令で、上限の上に等級を追加することができることとされていますが、2016年より各年度末時点で、全被保険者の標準報酬月額の平均額の2倍が、標準報酬月額の最高等級である62万円を超えている状況が続いており、今後も継続する蓋然性が高くなっています。
そこで、2020年3月末においても、全被保険者の標準報酬月額の平均額の2倍が62万円を超えていることが確認された場合は、2020年9月から、政令改正により標準報酬月額の上限を引き上げる(現行の最高等級(第31級:62万円)の上に、さらに1等級(第32級:65万円)を加えることとされています。

適用除外要件の見直し

現在、厚生年金保険法及び健康保険法では、「2ヶ月以内の期間を定めて使用される者」(引き続き使用されるに至った場合を除く)は適用除外とされており、雇用契約の期間が2ヶ月以内か否かで適用が判断されています。ただし、2ヶ月以内の雇用契約であっても、これを継続反復しているような場合には、「引き続き使用されるに至った場合」として、社会保険の対象としていますが、当該最初の2ヶ月は適用の対象となっていません。
そこで、雇用の実態に即した社会保険の適切な適用を図る観点から、雇用保険の規定等も参考にし(2ヶ月を超えて使用されることが)「見込まれる者」についても、厚生年金・健康保険の適用の対象とする改正が検討されています。
具体的には、2ヶ月以内の雇用期間であっても、①雇用契約において更新が明示されている場合(更新することがある場合も含む)、②同様の雇用契約に基づき2ヶ月を超えて雇用している実績がある場合のいずれかに該当する場合は、当初から適用する取扱いとすることが検討されています。

在職老齢年金の見直し

厚生年金に加入しながら老齢厚生年金を受け取る場合、年金額と給与・賞与の額に応じて年金額を減額する仕組みがあります。これを在職老齢年金制度といいます。
定年の引き上げ等、70歳までの就業機会の確保が検討される中、高齢期の就労拡大に対応し、在職老齢年金制度の仕組みの見直しが検討されています。
具体的には、65歳以上の在職老齢年金制度については、支給停止の基準額を「47万円」から「51万円」に引き上げることが検討されています。また、60~64歳の在職老齢年金制度については、見直し後の65歳以上の在職老齢年金制度と同じ「51万円」か、見直し前の65歳以上の在職老齢年金制度と同じ「47万円」に引き上げることが検討されています。

在職定時改定の導入

老齢厚生年金の受給権を取得した後に就労した場合は、資格喪失時(退職時・70歳到達時)に、受給権取得後の被保険者であった期間を加えて、老齢厚生年金の額が改定されています。
現行制度では、資格喪失時(退職時・70歳到達時)まで年金額が改定されないため、退職を待たずに早期に年金額に反映させて、年金を受給しながら働く在職受給権者の経済基盤の充実を図るため、65歳以上の者については、在職中であっても、年金額の改定を定時(毎年1回)に行うことが検討されています。

繰下げ受給の上限年齢の引上げ

公的年金の受給開始時期は、原則として、個人が60歳から70歳の間で自由に選ぶことができ、65歳より早く受給開始した場合(繰上げ受給)には年金額は減額され、65歳より後に受給開始した場合(繰下げ受給)には年金額は増額されます。
高齢者が自身の就労状況等に合わせて年金受給の方法を選択できるよう、繰下げ制度について、より柔軟で使いやすいものとするため、現行70歳の繰下げ受給の上限年齢を75歳に引き上げることが検討されています。

上記のほか、被用者として働く者については被用者保険に加入するという基本的な考え方のもと、短時間労働者に対する被用者保険の適用範囲のあり方や、複数事業所就業者に対する被用者保険の適用のあり方、個人事業主の雇用類似の働き方への対応などが議論されています。

執筆陣紹介

■岩楯めぐみ(特定社会保険労務士)

食品メーカーを退職後、監査法人・会計系コンサルティンググループで10年以上人事労務コンサルティングの実施を経て、社会保険労務士事務所岩楯人事労務コンサルティングを開設。株式上場のための労務整備支援、組織再編における人事労務整備支援、労務調査、労務改善支援、就業規則作成支援、労務アドバイザリー、退職金制度構築支援等の人事労務全般の支援を行う。執筆は「企業再編・組織再編実践入門」(共著/日本実業出版社)、「まるわかり労務コンプライアンス」(共著/労務行政)他。

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※本コラムに記載された内容は執筆者個人の見解であり、株式会社クレオの公式見解を示すものではありません。