
クレオユーザー会では、6月より新たな勉強会を開講しました。倉重・近衞・森田法律事務所の代表弁護士である倉重公太朗先生をお招きし、働き方改革関連法を背景に、目まぐるしく変わる人事・労務のあり方について、講演と座談会で理解を深めていただく勉強会です。
開講に先立って、講師の倉重先生に、企業労働法専門弁護士としての姿勢、働き方改革に必要なマインド、クレオユーザー会「倉重塾」の方針について、お話を伺いました。
企業労働法専門弁護士とは
倉重先生は、企業労働法専門弁護士として、企業側の人事労務分野の案件を数多く手がけていますね。弁護士の方の専門分野は、どのようにして決まるのでしょうか。
弁護士の専門分野は、これまでどのような案件を手掛けてきたかで決まります。
おっしゃるとおり、最近の企業の法律問題は労務・知財・倒産・M&Aと言うように専門化してきており、弁護士もそれぞれ専門畑を持っています。なにかに特化していなければ、なかなか太刀打ちできないのは弁護士の世界も同じです。
「なんでもやります」という先生もいると思いますが、他分野のことはそれほど分からない、というのが正直なところだと思います。医師のように専門医認定はありませんので、「やってます」と言えば、やってることになりますが、同業者が聞けば「この人、ほんとにやっているのかな」とわかると思います。
倉重先生が企業労働法を専門分野にされたのには、どういった経緯があるのでしょうか。また、その専門分野のなかで、心がけていることがあれば、教えてください
私の場合、まず、日本で労働法弁護士の第1人者である、安西愈先生の事務所に所属したことが大きかったと思います。そこに13年ほどおりました。現在では、50余年の豊富な経験と実績を持つ森田武男弁護士と、森田弁護士のもとで研鑽を積んだ近衞大弁護士とともに、倉重・近衞・森田法律事務所として活動しています。
企業側を手掛けているというと、「ブラック企業の味方をしているのか」と紋切り型に見られることが少なくありません。でも実際、ほとんどの企業がブラック企業ではありませんし、現場の人事や法務の方は、従業員の対応で本当に苦労したり困ったりしている訳です。そこを助けてあげるのが、我々のような企業側弁護士の仕事です。
問題が起こらないよう予防することはもちろん、実際に問題が起きれば、ちゃんと終わらせて、再発防止につなげるにはどうしたらいいか、ということまでやる。それが、企業側の人事労務を手掛ける弁護士の大事な役割だと考えています。
もうひとつ、私自身は、経済学部の出身なんですね。それもあってか、マクロの視点を持つことを心がけています。この案件が、社内の他の社員の方に与える影響はどうか、会社内の制度はどうすればもっと良くなるのか、さらには、一社一社がきちんとしていくことで、日本がもっと良くなっていくんじゃないか、という発想が根底にあります。
働き方改革に必要な意識改革

先日、倉重先生のセミナーに参加して、世の中の流れが「働き方改革」で大きく変わってきたと感じました。あらためて、「働き方改革」でもっとも注目しているポイントは、どのようなところでしょうか
まだまだ、意識の足らない人が非常に多いと感じています。
ご存知のとおり、今年の4月から、改正労働基準法と働き方改革関連法が一部施行されました。
その中で、もっとも影響が大きいのが、労働時間の上限規制だと思います。今は、まだ大企業にしか適用されていませんが、来年から中小企業にも適用されますから、これからが本番でしょう。
上限規制の法違反で摘発されたときのリスクは甚大です。おそらく、最初に摘発された企業は、全国報道されるでしょうし、そういう企業には誰も行かなくなって、採用活動も、ほぼできなくなりますよね。
でも、「残業が月45時間じゃ、仕事が終わるわけないだろう!」と考えている人は、まだまだ多いと感じています。
「法律に違反しない」というだけではなく、その背景にある「働き方改革」の本質を理解して、どう実現するべきなのか考えていくことが不可欠だと思います。
現場の中間管理職から「時間管理が大変になった!」という声をよく聞ききます
それは、やるべきことが変わっていないからですよね。
業務ボリュームは変りませんが、労働時間だけ減らしましょう、生産性を上げましょうというのは、ホワイトカラーでは特にただの精神論でしかありません。
精神論だけで進めたら、どうやったって「おまえ残業を付けるなよ」みたいな話になりがちなんですよね。一方で、部下のほうも、仕事をやらなかったら評価が下がってしまう。この構造自体に無理があって、構造から改善するという意識が、経営者、管理職、従業員それぞれになければ、働き方改革は前に進めません。
倉重先生は、東洋経済オンラインのコラムで「社会人基礎力」を取り上げていました。そこでは「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームワーク」という「社会人基礎力」が重要であるとともに、労働紛争を扱っていると、こうした「社会人基礎力」が十分ではない人たちを目にすることがあると述べていますね
「社会人基礎力」を失くした人に起きる大問題 検証!ニッポンの労働 | 東洋経済オンライン

https://toyokeizai.net/articles/-/215003
これこそ、労働者一人ひとりの意識の重要性を感じているところなんです。高度経済成長期に築いてきた日本の財産や世界的な優位性が、どんどん揺らいでいるなかで、どうやって生き残っていくのか、日本全体の戦略が必要です。そして、それは各企業にも問われており、販売力や生産力を上げ、企業競争力を高めなくては生き残れない時代です。そして、そこに今回のような上限規制が入ってきたわけです。
経団連会長が「今後、終身雇用は厳しい」と発言する世の中じゃないですか。10年後も20年後も、これまでどおり会社が雇ってくれる保証はないよってことです。別に解雇したいという話ではなく、会社の売上に余裕もなく、そもそも個人が持っているスキルや能力が陳腐化していたら、働いてもらうポジションがなくなるわけで、会社としても「どうやったって、雇えないよ」と判断せざるを得ない時代に突入したということです。
つまり、今から危機感を覚えて自分で研鑽を積んでいく人と、何となくダラダラやっている人では、10年後・20年後に相当な差がつくという話です。
今回の上限規制は企業側の時間管理だけの問題ではなく、同時に個人個人がどう意識を変えられるか、それを問われているんだということを、働き方改革を通して感じています。

自分で勉強する人・行動する人にとっては面白い時代になったと思います。一方で、仕事のネタは会社が与えてくれるもの、勉強するテーマは会社が与えてくれるもの、という人には大変な時代かもしれませんね。
まさに会社は「大人の学校」感覚ですよね。与えられるのを待っているだけの人だと、会社の中でそれなりの仕事しか、できないかも知れません。自分で勉強する・行動することの重要性に、いかに気付けるかが重要です。でも人材は限られていますから、人事としては、そういった気付きを与えるような制度、勉強の補助といったアシストが、ますます重要になっていくと思います。
働く個人の「意識改革」の重要性がよくわかりました。このような状況に対して、企業としての意識改革、それに対する人事部の意識改革については、どのようにお考えですか
人事部というものの位置付けの低い企業が本当に多いです。人事部は「手続きをやるところ」「社会保険と給与計算をするところでしょ」と。今後、そういう意識の会社は、厳しくなっていくでしょうね。
人を採用して、働いてもらうだけでなく、長く在籍してもらって、どう活躍してもらうのか。先ほどの個人の意識改革のアシストもそうですが、こうした人事戦略を経営戦略の中にどう位置付けていくのかが、これからの企業全体の意識改革に必要なんだと思います。
ですが、一方で人事部は人数が少ないと、毎月手続きを回すだけで手いっぱいです。さらに法改正対応もあるわけですから、新しいことを考える余裕はなくなっていきます。より良い人事戦略を実現していくためには、経営層がそのための余裕とリソースを人事部にもっと与えないといけないんだと感じています。
実際に人事部をそういう位置付けにしている企業や、そういう人事部を持っている企業の成長が目につくようになりました。今後もこの傾向は強くなっていくのかもしれません。
1人1人の人事部員の成長が会社を、ひいて社会を変えるんだ!という強い意識を持って、人事の仕事をやっていって欲しいなと思います。
「倉重塾」について

倉重塾では、具体的にどのような内容を取り上げる予定でしょうか
まず6月に、「同一労働・同一賃金」という、もうひとつの大きな政策を掘り下げます。
それから、7月に先ほどの「時間外労働の上限規制」を扱います。法律だけではなく、どう対応していくのか、今までの判例はどうなっているのか、これからどうなりそうか、といった内容まで踏み込みたいと思っています。あと、ちょうどパワハラの法改正が予定されているので、今国会で法律が決まれば、それも取り上げます。
通り一辺倒に、「法律はこうなっています」と説明するだけではなく、実際に裁判はどうなったか、実務対応はどうすべきか、今後、社会がこうなっていくんだから、人事はこういう施策を採るべきではないか。そんな働き方改革の今と未来の話をしていきたいと考えています。
最後に。「自分で考えて・勉強して・行動していく人が今後必要だよね」という話がありましたが、そういう意味では倉重塾は働き方改革について、人事の方のためのそういう場になるんだと感じました
働き方改革のテーマはいろいろありますが、倉重塾では常に最新の事情を踏まえて、クレオユーザーの皆さんに働き方改革対策のアップデートをしていただきたいと思います。上限規制についても、半年経ったタイミングで取り上げるのも良いと思いますし、同一労働・同一賃金の新しい判決が出れば、またそのテーマでおこなうべきだと思います。
数多くの論点が司法に委ねられ、行政通達だけでは業務の指針にならないからこそ、現状の正しい理解を踏まえて、今後の実務対応を検討できる会にしていきたいと考えています。
▼▼ 倉重 公太朗 氏 インタビュー動画 ▼▼
取材・文 可知豊 http://www.catch.jp/
取材日 2019.05.29
※インタビュー記事は取材日(2019年5月29日)時点の内容です

## 講師プロフィール
倉重・近衞・森田法律事務所
代表弁護士 倉重 公太朗 氏
慶應義塾大学経済学部卒
2005年~2006年 オリック東京法律事務所
2006年~2018年10月 安西法律事務所
2018年10月~現在 倉重・近衞・森田法律事務所 代表弁護士
第一東京弁護士会 労働法制委員会 外国労働法部会副部会長
日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員
日本CSR普及協会 雇用労働専門委員
経営法曹会議会員、日本労働法学会会員
経営者側労働法専門弁護士。労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、人事労務担当者・社会保険労務士向けセミナーを多数開催。
著作は20冊を超えるが、近著は
- HRテクノロジーで人事が変わる(労務行政 編集代表)
- なぜ景気が回復しても給料が上がらないのか(労働調査会、著者代表)
- 企業労働法実務入門〜はじめて人事担当者になったら読む本〜(日本リーダーズ協会 著者代表 2014年5月)
- 決定版
- 企業労働法実務入門【書式編】(日本リーダーズ協会2016 著者代表)
- チェックリストで分かる 有期・パート・派遣社員の法律実務(労務行政2016 著者代表)
- 民法を中心とする人事六法入門(労働新聞社 編集代表) など多数。